大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)20号 判決 1980年10月29日
控訴人 春次政明 ほか一名
被控訴人 東税務署長
代理人 小林敬 中村治 ほか二名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴人らは「一 原判決を取消す。二 被控訴人が昭和四八年三月一〇日付で控訴人らに対してした控訴人らの昭和四四年分所得税の各更正及び過少申告加算税賦課決定処分(但し、控訴人春次光子については裁決で一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。三 訴訟費用は、一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
二 当事者の主張、証拠関係は以下のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。原判決七枚目裏一〇、一一、一三行目に各「行い」とあるのをいずれも「行ない」と、同一一枚目表一行目の「事業」を「事業に」と各訂正する。
三 控訴人らの主張
(一) 控訴人政明関係
1 控訴人政明の盛川啓一に対する本郷の土地(原判決添付別表(三)(1)の土地を指す、以下同じ)の譲渡の効力が発生し、所有権が移転したのは、被控訴人主張のように昭和四四年一二月三〇日ではなく、同控訴人が農地である右土地につき知事に対し譲渡の届出をしてこれが受理された昭和四六年九月頃である。
したがつて、昭和四四年中には右による譲渡所得は発生していないから、この存在を前提とする本件昭和四四年度分所得税更正処分並びに加算税賦課処分は違法であつて取消すべきものである。
すなわち、本郷の土地は地目が農地であるから、農地法五条所定の知事の許可又は許可に代わる知事に対する届出があるまでは所有権移転の効力が生じないので、本郷の土地につき右届出の受理があつた前示昭和四六年九月頃までは譲渡所得が発生するいわれはない(所得税基本通達三六―一二注参照)。
2 被控訴人主張の後掲四(一)3(2)の事実を否認する。なお、控訴人政明は昭和四四年分所得税確定申告書に本郷の土地の譲渡所得を計上していないので、これを同年分の譲渡として申告したものといえないから、同控訴人が昭和四四年一二月三〇日の「売買契約締結日」をもつて「譲渡の時期」とする選択をしたものではなく、この選択により昭和四四年の譲渡になるものとはいえない(前示通達三六―一二注但書に該当しない)。
3 被控訴人の後掲四(一)4の主張を争う。なお、同4(1)の自白を控訴人がしたことはなく、譲渡所得が昭和四四年に生じたことを認めていないので、自白に当らないものである。
(二) 控訴人光子関係
1 かりに被控訴人主張のとおり大県の土地(原判決添付別表(三)(2)A、Bの土地を指す、以下同じ)の三分の一及び円梅谷の土地(前同別表(三)(2)Cの土地を指す、以下同じ)が事業の用に供されておらず、若しくは買換え取得した博労町の土地(前同別表(四)(1)の土地を指す、以下同じ)及び春次ビル(同別表(四)(2)の建物を指す、以下同じ)のうち各六九・一パーセントだけが事業の用に供されているのだとしても、春次ビルの事業用以外の部分である三〇・九パーセントは居住の用に供されており、これに対応するその敷地として博労町の土地の三〇・九パーセントも居住の用に供されている。
したがつて、控訴人光子の本件譲渡所得については次のとおり租税特別措置法(昭和四四年法律第一五号による改正前のもの、以下同じ)三五条一項の居住用財産買換えの場合の譲渡所得の課税の特例の適用がある。
2 即ち、控訴人光子は(1)昭和四四年一二月六日円梅谷の土地、同月三〇日大県の土地を各譲渡し、(2)同年一二月一〇日博労町の土地のうち前示三〇・九パーセントは居住の用に供する春次ビルの敷地として取得し、(3)昭和四五年三月一五日の昭和四四年分所得税申告期限には前示(2)の土地取得日から一年以内である昭和四五年一一月二四日までに春次ビルを建築し、これに居住する見込であつた。
3 控訴人光子は、昭和四四年所得税確定申告書に前示特別措置法の適用を受ける旨記載し、かつ所轄南税務署長に対し譲渡土地の収入金額、取得土地の取得価額を告げ、同署長が同控訴人の依頼で作成し提出させた書面(甲第二号証の二)に右金額の記載があるから、前示確定申告書自体にはその記載がないけれども、右特別措置法三五条一項但書により同条一項の特例の適用を受け得る。
4 控訴人光子は博労町の土地を取得した日から一年以内に春次ビルに居住できなかつたけれども、同人は昭和四五年一一月一二日春次ビルの新築工事に着手しており、この時点で居住の用に供されたものというべきである。
なお、事業資産の買換えに関して、個人の事業の用に供した日につき「新たに建物等の敷地の用に供するのはその建物等を個人の事業の用に供した日(当該建物等の建設等に着手した日から三年以内に建設等を完了して当該個人の事業の用に供することが確実と認められる場合には、その建築等に着手した日)」によるとの通達があり(租税特別措置法関係通達昭三八直審(所)七九六六―三一四一)、この趣旨は居住用財産の買換えについても適用すべきものである。
5 したがつて、控訴人光子の昭和四四年分所得税の計算は次のとおりとなる。
(イ) 昭和四四年分土地譲渡収入 五、三二三万七、五四〇円
(ロ) 買換え事業用資産取得費 二、七二三万二、八〇八円
(ハ) 買換え居住用資産取得費 一、二一七万七、九一二円
(ニ) 買換え特例の適用による収入金額((イ)-(ロ)-(ハ)=収入金額)
一、三八二万六、八二〇円
(ホ) 譲渡資産の取得費八七九万八、〇〇〇円と譲渡費用一四一万五、〇〇〇円の合計額一、〇二一万三、〇〇〇円に対して旧特別措置法に基づき算出した取得費用及び譲渡費用
二六五万二、五一三円
(ヘ) 譲渡所得金額 一、〇八七万四、三〇七円
計算((ニ)13,826,820円-(ホ)2,652,513円-300,000円(譲渡所得の特別控除額)=10,874,307円)
(ト) 課税総所得金額 五二六万九、六五三円
計算((ヘ)10,874,307円×1/2(本件は長期譲渡)-167,500円(基礎控除額)=5,269,653円)
(チ) 所得税額 一六五万四、四〇〇円
よつて、被控訴人の本件更正処分のうち右所得税額を超える部分とこれに対する加算税賦課処分は違法であつて取消を免れない。
四 被控訴人の主張
(一) 控訴人政明関係
1 控訴人らの前示三(一)1の主張を争う。
2 資産譲渡による譲渡所得の収入すべき時期は所得税基本通達に基づき次のように取扱われている。
右事項に関する同通達の全文は次のとおりである。
「譲渡所得の収入金額に算入すべき時期は譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあつた日によるものとする。ただし、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日により総収入金額に算入して申告があつたときはこれを認める。
農地等については、農地法の許可又は届出の効力が生じた日と当該農地等の引渡しがあつた日とのいずれか遅い日によるものとする。ただし、これらの日のうち、いずれか早い日、又は当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日により総収入金額に算入して申告があつたときは、これを認める」
3 控訴人政明の本件譲渡所得税を昭和四四年分として賦課したのは、次の事情に基づくものである。
(1) 昭和四七年三月南税務署長が同控訴人が本郷の土地の所有権移転登記の事実を探知して同控訴人に対し、「昭和四六年分の譲渡所得の申告が必要である旨のお知らせ」を送付した。(2)同月末日付で同控訴人は右署長あてに本件資産は昭和四四年一二月三〇日に譲渡した旨の嘆願書及び添付書面を提出した。(3)そこで、右署長から本件の引継を受けた被控訴人はこれを容認し、前示通達にいう「資産の引渡し時期」を同控訴人が嘆願書等で申立てた昭和四四年一二月三〇日と認定したもので、合理的である。(2)仮りに右土地の引渡時期が右同日でないとしても、同控訴人は前示経緯に照らし「売買契約が締結された日」を「譲渡の時期」として選択したものである。
4 かりに以上の主張が認められないとしても、控訴人政明の本郷の土地の譲渡の時期を昭和四四年一二月三〇日でなく、昭和四六年九月頃であるとする前示三(一)1の主張は次の理由により許されない。
(1) 自白の撤回に異議がある。即ち、控訴人政明ははじめ本郷の土地の譲渡が昭和四四年一二月三〇日に行なわれ、譲渡所得が同年に生じたことを自白していたものであつて、同控訴人の前示三(一)1の主張は自白の撤回にあたるところ、被控訴人は右自白の撤回に異議がある。
(2) 時期に後れた攻撃防禦方法で訴訟の完結を遅延させるものであつて、却下すべきものである。
(3) 信義則違反ないし禁反言の法理に悖る主張であつて許されない。即ち、控訴人政明は昭和四七年三月以降、嘆願書、異議申立、審査請求、及び原審においてはすべて前示譲渡の時期を昭和四四年と主張しているので一審敗訴後昭和四六年分の更正可能期間(国税通則法七〇条)を過ぎた時点において急転して昭和四六年分の譲渡所得であると主張するのは租税の公平ないし正義に反するもので信義則ないし禁反言法理に照らし許されない。
(二) 控訴人光子関係
1 控訴人光子の前示三(二)の主張を争う。
2 昭和四四年の改正前の租税特別措置法三五条、三八条の六にいう「居住の用に供した日」とは、土地等については、新たに建物・構築物等の敷地の用に供するものは当該建物等を当該個人の居住の用に供した日であり、また、建物、建物付属設備及び構築物の場合は、そのものの居住のための使用を開始した日である。そして、春次ビル、その敷地である博労町の土地を控訴人の居住の用に供したのは昭和四六年九月以降であり、建物(春次ビル)は右特別措置法三五条の適用がないし、昭和四四年一二月一〇日に取得した春次ビルの敷地である博労町の土地も、その取得の日から一年後である昭和四五年一二月一〇日までに居住の用に供した事実はないからこれにも同条の適用がない。
3 なお、控訴人光子は事業用資産の買換の場合における通達「建設等に着手した日から三年以内」を特別措置法三五条の居住用資産(土地)の買換えにも適用すべき旨主張するが、この通達は事業用資産の特殊性を考慮し、同法三八条の六第三項のやむを得ない事情のある場合の不備を補う趣旨で便宜上制定されたものであるから、これを居住用資産(土地)の買換に適用することはできない。
五 証拠 <略>
理由
一 原判決の引用
当裁判所も原判決と同様、控訴人らの本訴請求を棄却すべきものと判断する。その理由は以下のとおり訂正、附加するほか原判決理由説示のとおりであるからこれをここに引用する。原判決一九枚目表八行目の「ことは認め」を「ことを認め」と、同二〇枚目表六行目の「承認を与えたとする」を「承認を与えたものと認める」と、同二一枚目表二、三行目の「承認をしたとする」を「承認をしたと認定する」と訂正する。同二七枚目裏四行目の「甲第二号証の二、三証人高橋正義」を「甲第二号証の二、三、証人高橋正義」と、同三二枚目裏二行目の「いずれにおいても」を「いずれに照らしても」と訂正する。
二 控訴人政明の当審における新主張の判断
(一) 自白の成否及びその撤回の検討
被控訴人は控訴人政明がはじめ本郷の土地の譲渡による譲渡所得が昭和四四年に生じたことを自白しており、右譲渡所得が昭和四六年に発生したものであるとの同控訴人の主張は自白の撤回に当たると主張し、同控訴人は自白の成立がないと争うので、この点につき検討する。
被控訴人は控訴人政明が本郷の土地を昭和四四年一二月三〇日に譲渡した旨を主張し、原審において同控訴人はこれを認めたうえ、同年分の右譲渡所得に昭和四四年改正前の租税特別措置法三八条の六の規定が適用される旨を主張していたことは弁論の全趣旨及び記録上明らかである。とすれば同控訴人は右土地の譲渡所得が昭和四四年に発生したことを右特別措置法適用の前提として認めていたものといわねばならない。しかし、これは昭和四四年に右土地の譲渡契約をしたとの事実を認めたうえ、これを基礎として法律上の推論をなす部分であるというべきであるから、いわゆる権利自白に該当し、相手方である被控訴人は前提的な法律効果を基礎づける事実を主張立証する必要を免れるけれども、そのうち、右推論部分の自白は当事者において何時でも自由にこれを撤回することができるし、裁判所は右自白に拘束されることなくこれに反する判断をすることも可能である。
したがつて、控訴人政明が右推論部分に当たる本郷の土地につき昭和四四年に譲渡所得が生じたとの自白を撤回し、それが昭和四六年に発生したものであると主張することは、自白の撤回の要件である自白が真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるとの事実の存否にかかわらず許容されるから、被控訴人の主張は採用できない。
(二) 譲渡所得税の賦課年次の検討
控訴人政明は農地である本郷の土地の譲渡所得税は右土地につき知事が譲渡の届出を受理し所有権が移転した昭和四六年に賦課すべきものと主張し、控訴人政明が右土地の売買契約締結の日をもつて「譲渡の時期」と選択したからこれに基づき譲渡所得税は昭和四四年に賦課すべきであるとの被控訴人の主張を争うので検討する。
1 譲渡所得税は資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから(最判昭四七・一二・二六民集二六巻一〇号二〇八三頁、最判昭五〇・五・二七民集二九巻五号六四一頁参照)、右清算の基準時点は、原則として資産が確定的に所有者の支配を離れ他に移転する時期、即ち資産の引渡があつた日によるが、農地の場合は農地法所定の譲渡の許可又は届出により譲渡の効力が生じた日と引渡のあつた日のいずれか遅い日によるべきものである。しかしながら、納税者の選択によつて経済的実質的に資産の増加益を現実に享受した時期である農地の譲渡契約締結の日、及び前示譲渡の許可又は届出の効力が生じた日、又は農地引渡の日のいずれかをもつて資産の増加益の清算時点として譲渡所得税の課税時期とし、その増加金額を所得税法三六条一項のその年において収入すべき金額に算入することは許されてよいのであつて、所得税基本通達において納税者が右のいずれかの日により申告があつたときは右の選択を認める旨規定しているのも、この趣旨において是認できる(所得税基本通達昭和四五年改正36―12)(<証拠略>)。
もつとも、<証拠略>によると右所得税基本通達では、右の選択は納税者が前示の三つの日のいずれかの日により「総収入金額に算入して申告があつたときは、これを認める。」旨規定し、その旨の確定申告があつた場合に認められるとも解しうるけれども、右申告は必ずしも確定申告書にその趣旨の記載があることを要するものではなく、その記載がない場合でも書面その他によつて税務署長に対し前示選択の趣旨を申告した場合をも同署長がこれを認めることを禁止する趣旨ではなく、同署長が右の選択を認めることは譲渡所得税の趣旨及び右選択の性質に鑑み違法であるとはいえない。
2 <証拠略>を総合すると、
(1) 昭和四四年一二月三〇日控訴人政明は盛川啓一に対し本郷の土地を売渡す旨の不動産売買契約を締結した(<証拠略>)。
(2) 昭和四六年六月一四日本郷の土地につき売主を控訴人政明、盛川啓一とし、買主を株式会社シヤロンとする土地売買契約が締結された(<証拠略>)。
(3) 同年八月一七日控訴人政明は、譲渡人を同控訴人、譲受人を前記シヤロンとする農地法五条一項三号の農地転用届書を柏原市農業委員会に提出した(<証拠略>)。
(4) 同年九月二一日控訴人政明は右シヤロンに対する同月二〇日の売買を原因とする所有権移転登記を了した(<証拠略>)。
(5) 昭和四七年三月所轄の南税務署長は右(4)の登記資料を入手し、控訴人政明に対し昭和四六年分譲渡所得の申告を促がした。
(6) 同年三月三一日付をもつて控訴人政明は次のような内容の嘆願書を南税務署長あてに提出した(<証拠略>)。(内容)<1>昭和四四年一二月三〇日に本郷の土地の譲渡を行なつた、<2>租税特別措置法三五条、三八条の六を適用してほしい。
(7) 昭和四八年三月一〇日被控訴人は控訴人政明に対し昭和四四年の本郷の土地の譲渡について右特別措置法は適用できないとして更正処分をなした。
(8) 昭和四八年七月一〇日控訴人政明が本郷の土地を昭和四四年一二月三〇日に譲渡したことを前提として租税特別措置法の適用を求めて前示更正処分につき審査の請求をしたのに対し、昭和四九年七月二九日棄却の裁決がなされた(<証拠略>)。
(9) 控訴人政明は原審において本郷の土地の譲渡年月日が昭和四四年一二月三〇日であるとの被控訴人の主張を認め、前示特別措置法の適用を主張している(記録上明らかな事実)。
以上の各事実を認めることができ、これらの事実を考え併わせると、控訴人政明は本郷の土地の譲渡所得税の課税時期として譲渡契約締結の日である昭和四四年一二月三〇日を選択したものというべきであつて、この認定に反する<証拠略>は前掲各証拠に照らしにわかに措信できず、他にこれを覆えすに足る証拠がない。
したがつて、控訴人政明に対し本郷の土地につきなした本件昭和四四年度分所得税更正処分並びに加算税賦課処分は適法であつてこれに同控訴人主張のような違法がないことが明らかである。
3 それのみならず、前認定2(1)ないし(9)の各事実の経緯に照らすと、控訴人政明は所轄の南税務署長の申告促進の通知に応じて昭和四七年三月以降一貫して本郷の土地の譲渡の時期及び譲渡所得税の課税時期を昭和四四年と主張してきたものであるから、昭和四六年分の国税通則法七〇条所定の更正可能期間である三年を経過した昭和五四年一二月四日の本件第四回口頭弁論において、これを急拠撤回して昭和四六年分の譲渡所得であると主張することは、正義に反し、かつ租税の公平負担に著るしく悖る行為であつて、租税法の分野においても認められる信義則ないし禁反言の原則に照らし許されないものである。
したがつて、控訴人政明の本郷の土地に対する本件昭和四四年分所得税更正処分並びに加算税賦課処分は適法である。
三 控訴人光子の当審における新主張の判断
(一) 控訴人光子は当審において仮定的に同控訴人が買換え取得した春次ビルの事業用以外の部分である三〇・九パーセント及びこれに対応するその敷地である博労町の土地の三〇・九パーセントは居住の用に供されているから、租税特別措置法三五条一項の居住用財産買換えの場合の特例の適用があるとし、同控訴人は博労町の土地を取得した日から一年以内に春次ビルに居住できなかつたが、同人は昭和四五年一一月一二日春次ビルの新築工事に着手しており、この時点で居住の用に供されたと主張するのでこの点につき検討する。
1 租税特別措置法三五条一項は居住用財産の買換の場合における譲渡所得の課税特例を適用する要件として、(1)個人が土地等又は家屋の譲渡をすること、(2)当該譲渡の日の前一年の期間又は当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに当該個人の居住の用に供する土地等又は家屋の取得をすること、(3)当該取得の日から一年以内に居住の用に供した場合又は供する見込である場合であることを挙げている。
2 控訴人光子は前示1(3)の要件につき、春次ビル及びその敷地である博労町の土地を取得した日から一年以内に春次ビルに居住しなかつたことを自認しつつ、同人が昭和四五年一一月一二日春次ビルの新築工事に着手したことをもつて、同(3)の要件の「居住の用に供した」ことに当たる旨主張するが、租税特別措置法三五条一項の「居住の用に供した」とは単に主観的に居住の用に供する意図をもつて当該資産を取得したというのでは足らず、現実に居住のため使用されることを要するのであつて、このことは同条項の文言上明らかである。したがつて、単に居住の意思をもつて建物の建築工事に着手したのみではいまだ同条項所定の「居住の用に供した」ものとはいえない。けだし、租税特別措置法が居住用財産の買換えの特例を設けているのは、当時の困窮した住宅事情にかんがみ住宅建設を促進して国民生活を安定させることを目的として、譲渡資産の値上がり利益を取得資産に引き継ぐことにより課税の繰延べを許すものであるから、同条項の要件は厳格に解釈すべきであるし(東京高判昭四五・七・一三行集二一巻七・八号一〇一八頁)、同条項は「居住の用に供した場合」を「供する見込である場合」と区別して規定しているのであつて、前者が現実に居住、使用した場合を指すことが明らかであるからである。なお、控訴人光子は、事業用資産買換えに関し、新たに建物等の建設等に着手した日から三年以内に建設が完了して事業の用に供することが確実と認められる場合には、その建築に着手した日を事業の用に供した日として取扱うものとする租税特別措置法関係通達を居住用財産の買換えにも適用すべきである旨主張するけれども、これは租税特別措置法三八条の六第三項所定の「やむを得ない事情がある場合の不備を是正するものであつて、かかる規定のない居住用財産の買換えに適用することはできない。
3 <証拠略>によると、控訴人光子が矢島建設株式会社との間に春次ビルの工事請負契約をしたのは昭和四五年一一月一二日であり、完成予定日を昭和四六年七月三一日としていたが、現実に完成したのは同年九月であつたことが認められ、右認定に反する原審における控訴人光子本人尋問の結果の一部は前掲各証拠に照らし、にわかに措信できないし、他にこれを覆えすに足る証拠がない。
右認定の各事実を考え併せると控訴人光子が春次ビルを居住の用に供したのは昭和四六年九月以降であることが推認できるし、同控訴人が博労町の土地取得の日から一年以内に春次ビルに居住、使用しなかつたことは同控訴人において自認するところであるから、その余の判断をするまでもなく、租税特別措置法三五条一項の居住用財産買換えの特例適用をいう同控訴人の主張は採用できない。
なお、右認定の春次ビル建設の経過に照らすと、博労町の土地、春次ビルが同法三五条一項の土地取得の一年以内に「居住の用に供する見込である場合」にも当らないことは明らかであり、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。
四 結論
以上のとおり控訴人らの請求を棄却した原判決は結局正当であつて本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 下出義明 村上博巳 吉川義春)